朗読のススメ (新潮文庫)

朗読のススメ

今年一月末に亡くなられた声優の永井一郎さんの著書、「朗読のススメ」を読み終わらせて頂いた。

永井一郎さんの声には、「サザエさん」の波平役を筆頭に、親しみを持たれている方も多い事だろう。

個人的に忘れられないのは、「未来少年コナン」のダイス船長役だ。最終戦争後の地球が舞台のシリアスなストーリーだったが、永井さんの演じたダイスは最高にユーモラスで、彼が登場すると、思わず笑いがこぼれた。他にも数えきれないほどの魅力的なキャラクターを演じてこられた永井さんだが、自分にとっての永井さんの最高の役は、やはりダイス船長かなぁ…。

亡くなった82歳まで現役を貫かれた永井さんだが、闘病中に声が出なくなった時期があったり、大変なご苦労をなさったようだ。声楽の先生について声を鍛え直したり、高齢になられてからも、つねにチャレンジ精神を忘れなかったそのお姿には、本当に感服してしまう。

そんな永井一郎さんが、朗読の指導などについて連載したエッセイ、「朗読のヒント」を加筆修正し、改題して出版されたものが本作である。

読み進んで行くうちに、朗読に限らず、「声で表現し、伝える」ということに共通の、沢山の大切なヒントやアドバイスを頂くことができた。

歌も、詩にメロディをつけて表現する朗読とみることもできる。感情豊かに唄わなくては、と思ったとき、喜怒哀楽をオーバーに表現することしか、出来ていなかった自分を思い知らされた。

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自分にとってたいへん心に響いたお言葉を、以下に何篇か引用させて頂いた。

「人間の欲望を読みとってください。感情や表現を考えなくていいのです。感情は、行動がなにかにぶつかったとき、自然に生まれてきます。」(以上著書より引用)

その人物の「幸福願望」を理解し、行動の源になる欲求を理解する。たとえば、「風の谷のナウシカ」のミトにとっての幸せは、「姫さまを守る」ことだと永井さんはとらえ、ミトという人物を演じ切られたそうだ。本作では触れられていなかったが、ダイス船長なら、きっと「冒険する」が究極の願望だったのではないだろうか。

例えば、ラヴソングを唄うとして、その歌での「私」は、恋しい人が幸せであれば幸福なのか、あるいは、共にあれれば幸福なのか、全てを手に入れれば幸福なのか?その願望を理解しなければ、出会いや別れの際の行動も理解できない。静かな愛しみか、喜びや不安の連続か、エスカレートする激情か?「愛している」一言だって、ニュアンスが全く違ってくるだろう。

「表現とはイメージを伝えることです。」「『あなた、景色が見えますか』ではなく、『あなた、そこにいますか』なのです。」(以上著書より引用)

例えば、世界の終焉を唄うとして、「嘆きを表現する」といった漠然とした気持ちだけではだめだったのだ。唄っている「私」は、人間の生き残りなのか、動物か、植物か、精霊か?どんな格好で、どんなところにいるのか?大気は熱いのか、凍えるのか?静寂あるいは、轟音が響いているのか?ひびわれた大地に、裸足で立っている…

ザラザラの土を踏みしめる足裏の感触までも、五感をフル活用するつもりでイメージしながら、架空の世界を表現することが大切だったのだ。

どうしても自分に置きかえると、ハードロック的な例えになってしまうが…(汗)

あなたが重いのではない。鎧が重いのです。鎧をさっぱり捨ててしまいましょう。そうしたら、ふわふわ飛べるかもしれません。(以上著書より引用)

自分を縛るものの重さを、永井さんは、捨てきれない欲「我執」とおっしゃっている。虚栄心や、評判を気にする気持ちなどが鎧のようになり、身動きが取れず重くなってしまうと。鎧っている自分を捨て去れば、自由に飛んで、新しい本当の自分を見つけることができると。

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ボイスワークだけでなく、初めてその著書に触れて、改めて世界に誇れる声優さんでいらっしゃったと実感した。朗読を楽しむ人への技術的なアドバイスにとどまらない。永井さんの優しくも覇気のあるお人柄が、ひしひしと伝わってきて、たいへん勇気を頂いた。

なんという素晴らしい方だったのだろう。天国で幸せにいらっしゃるよう、ご冥福をお祈りし、その魂が安らかにおられますよう、願ってやまない。永井一郎さん、本当に、お疲れ様でした。そして素晴らしいお仕事の数々を、ありがとうございました。

 

 

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